ドストエフスキー全作品を電子化する

フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)の全作品の電子化をめざしている人のブログです

検証ファイル001 『ドラえもん 0巻』(2019年11月27日、小学館)収録の9話からわかること

※以下、混乱をさけるため、藤子・F・不二雄先生のことを「F先生」と略します。ご理解ください。

ドラえもん 0巻 | 小学館


ドラえもんはたよりなかった、ということ。
これは、100%確実にいえる。なぜなら、せりふにもはっきり書かれているからである。
P29 セワシ「ほんとは、おまえもあんまりたよりにならないんだけど。」(『小学二年生』第1話)
P47 セワシ「でもなあ、おまえもロボットとしてできのいいほうじゃないからな。」(『小学三年生』第1話)
P65 のび太「あいつ、ほんとにたよりになるのかなあ」 (『小学四年生』第1話)
P83 ドラえもん「ぼくの手におえない」(『小学三年生』第2話、この話でのドラえもんのセリフはかなり荒っぽい。)
のび太の性格づけについて論じるならば、同時に、ドラえもんについても論じなければならないはずである。しかし、私個人の感想では、この点は意外と意識されていないように思われる。

・ドラミおよびひみつ道具も、一般的に想像されるほど、たよりになるわけではなかったということ。
初期のドラミの性格づけが、おおざっぱな性格になっていることははっきりいえる。
また、「どこでもドア」が何の理由もなしにこわれる点は、ひみつ道具も、無条件にたよりになるわけではないことを暗示している。

おそらくF先生は、『ドラえもん』をかきはじめたとき、このネコ型ロボット(よくみれば、ネコらしくもないし、ロボットらしくもないが)がなにをするのか、なにができるのか、どこへつれていってくれるのか、ほとんど予想できなかっただろう。これまでの知識をいったんおいて『ドラえもん 0巻』収録の9話を読むと、そのことがよくわかる。その点では、はじめてドラえもんと出会ったのび太とF先生は同じだった。このことは、改めて強調しておきたい。



藤子不二雄A先生の影響がみえないということ。
しかし、1969年の時点で、どこまで分業体制になっていたかは、推測でしか書けない。

小学館編集部側の影響がみえないこと。
編集者の言動がほとんどみえてこない。
この点が一番重要だと私は思う。なぜなら、この問題はずっとあとまで続いたと思われるからである。根拠がいくつかある。
ドラえもん』は基本的に短編読み切りなのだが、全体が約1200話であるのに対して、『てんとう虫コミックス』で入手可能なものが約800話。細かい話をすると長くなるが、約400話が入手困難な状態が長い間続いていたのである。たとえば、『ブラック・ジャック』で、全体の242話に対して、約30%、つまり、約70話が入手困難、という状況が長い間つづいているようなものである。
ブラック・ジャック』の入手困難な作品は、数えかたにもよるが、20話以下。それも、作者や出版社が出版許可を出さない理由はある程度説明がつくものが多い。対して、『ドラえもん』の場合は、なぜこれが長い間、入手困難なままだったのか、よくわからないもの”も”多い。だいいち、『藤子不二雄ランド』(中央公論社、1990年6月完結)で一度出版された話のうち100話以上が、小学館側が長い間出版しなかったのである。F先生の死後も、である。
なぜだろうか?

コミックスについて(藤子不二雄ランド)

小学館側が、『ドラえもん』の約1200話をどこまで把握していたのか、どういう出版方針・活動方針をもっていたのか、これからの検討課題である。20世紀日本の出版の歴史からみても、重要な課題である。




・補足
初期のドラえもんは、いつまで胴が頭より大きかったのか?
どうも、F先生は第1話を完成させた時点から違和感をもっていたらしい。
第2話(今回単行本に収録された「愛妻ジャイ子!?」など)から、だんだん胴と頭の大きさの差がなくなってきている。たとえば、タイムマシンなしでタイムトラベルしているドラえもんの場面(P83)から、それはうかがわれる。
ここで注意すべきは、第1話から、のび太ドラえもんの背の高さはほぼ同じになっていること。小学生の背の高さという条件で、頭が胴より小さい姿は、姿のバランスが悪いように思われる。どうしても頭が小さくなってしまうから。
この素早い決断と、ドラえもんの顔のデザインが第1話からほぼまったく変化がないことをかんがえると、F先生は工業デザイナーになったとしても成功したのではないか、と私は想像してしまう。

・補足の補足
よくみると、のび太セワシの輪郭はおかしくないのに、ドラえもんの輪郭はバラバラ。
P61、63、65の左下に、同じドラえもんの絵がある。