ドストエフスキー全作品を電子化する

フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)の全作品の電子化をめざしている人のブログです

「心にのこる名場面300」を作成中……

前の更新から、ずいぶん長い時間がたってしまった。

いま、わたしはひまな時間をつかって、「ドラえもん」と「Q太郎」と「喪黒福造」の「心にのこる名場面300」というリストを作成している。ただぼんやり読んでいるだけでは、ダメだと思ったからである。
最初思いついたときは、「ジョジョの名言カルタ」のように、カルタ用にもつかえるとおもっていたのだが、いろいろえらんでいるうちに、かなり重要な問題にとりくんでいるのではないか、とも思えるようになってきた。
どういうことかというと、藤子不二雄コンビがどのようにマンガの「場面」をつくっていったか、という問題は、すくなくとも私が調べた範囲では、深く検討されてこなかった。
一つ例をあげる。
ドラえもん 0巻』にも収録されている、「未来の国からはるばると」の雑誌掲載版(1969年12月、「小学四年生」に発表)のP061、P063、P065の左下に、「ドラえもん」のワンカットが掲載されている。これは、P053の8コマ目の場面のドラえもんの再利用ある。P053の3コマ目の場面のドラえもんとくらべると、明らかに頭と胴体の大きさが一回りちがっており、この時点ではキャラクターデザインが決まっていなかったことがわかるが、もう一つ大事なことは、なぜこの場面のドラえもんを別のところで3回も使ったのか、ということである。ほかの雑誌掲載分の第1回では、このように使用された場面は存在しない。
まだはっきりとした仮説は考えていないが、一つ指摘すべきことは、この場面は、のちの「のび太の恐竜」にでてくる、「あったかーい目、……のつもり」として、いわば”再利用”されたのではないか、ということである。
2つを見比べると、うまくいえないが、まちがいなく似ている。
これは追跡すべき問題だと思う。



参考:
CiNii 論文 -  霜の針、蝋燭のしみ : 『アンナ・カレーニナ』を読み直す