ドストエフスキー全作品を電子化する

フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)の全作品の電子化をめざしている人のブログです

『おとなしい女』第一章

※このテキストの校正に協力してくださった、「いとうおちゃ」さんに感謝します。

おとなしい女
 ――空想的な物語――

   著者より

 わたしはまずもって読者諸君に、今度、いつもの形式をとった『日記』の代わりに、一編の小説のみを供することについて、お許しを願わねばならぬこととなった。しかしながら、事実一か月の大部分、わたしはこの小説にかかっていたのである。いずれにしても、わたしは読者の寛恕を乞う次第である。
 さて、これから、当の物語について一言する。わたし自身はこの物語を最高度に現実的なものと考えているくせに、「空想的」という傍題を冠した。しかし、この中にはまったく空想的なところがある。というのは、物語の形式自体なのであるが、この点、まえもって説明しておく必要があると思う。
 問題は、これが物語でもなければ、手記でもないという点にあるのである。まず一人の夫を想像していただきたい。その妻は数時間前に窓から身を投げて自殺し、遺骸がテーブルの上に安置されているのである。彼は動顚してしまって、まだ自分の考えをまとめる暇がない。彼は部屋の中を歩きまわりながら、この出来事の意味を発見しよう、「自分の考えを一点に集中しよう」と努めているのだ。おまけに彼は、自分で自分を相手にしゃべるといったふうの、病い膏肓に入ったヒポコンデリー患者である。現に彼は自分を相手に話をして、事件のいきさつを物語り、それを自分に闡明[#「闡明」に傍点]しているのである。その話は一見順序だっているようだが、それにもかかわらず、彼は論理においても、感情においても、しょっちゅう自己撞着をしているのである。いま自分を弁護して、彼女を責めているかと思えば、今度は無関係なよそごとの説明をはじめる。そこには思想と心情の粗野な面が現われたかと思うと、深遠な感情がうかがわれる。やがて次第次第に、彼は実際、事件を自分自身に闡明[#「闡明」に傍点]して、「思想を一点に」集中してくる。彼の幾多の追憶は、ついに否応なく彼を真実[#「真実」に傍点]へ導いてくる。と、真実は必然的に彼の理性と心情を高めていく。終わりに近づくにしたがって、物語の調子までが無秩序な冒頭と比較して変わってくる。真理は不幸な男の眼前にかなりはっきり、決定的に展開されるのだ、少なくとも彼自身にとっては。
 これが主題である。もちろん、物語の過程はちぐはぐな形式をとって、と切れたり、間をおいたりしながら、数時間にわたってつづく。いま彼は、自分自身に話しかけているかと思うと、今度はまた目に見えない聴き手や、何か裁判官のようなものに話しかける、かのようなあんばいである。しかし、これは現実でもよくあることだ。もし速記者がその場に居合わせ、彼の言葉を聞いて、後から後から残らず書きつけることができたとすれば、その物語がここに提供したものよりも、いくらかでこぼこした、荒削りなものになったろうが、わたしの想像するかぎりでは、心理的順序はおそらく同一のものであろう。このなにもかも書きつけた速記者という仮定(後でわたしがその書きつけたものを推敲したとして)、これこそわたしがこの物語において、空想的と名づけるものである。とはいえ、多少これに類したことは、芸術においてすでに一再ならず行なわれているのである。例えば、ヴィクトル・ユーゴーのごときはその傑作『死刑囚の最後の日』で、ほとんど同様の手法を用いている。そして、速記者こそ持ち出さなかったけれど、それ以上の荒唐無稽を許して、死刑の宣告を受けたものが最後の一日どころか、最後の一時間、やかましくいえば、最後の一瞬まで手記をつづけ得る(その時間を有する)ものと、仮定しているのである。しかし、かりに彼がこの空想をあえてしなかったら、作品そのもの、――彼によって書かれたものの中で最もリアリスチックな、最も真実味に富んだ作品は、おそらく存在しなかっただろう。

    第 1 章

  1 わたしは何ものであったか、彼女は何ものであったか

 ……こうして、彼女がここにいる間は、――なんといってもまだいい。そばへ行って、一分ごとに顔が見られる。ところが、明日かつがれて行ってしまったら、――わたしはどうして一人きり残っていられよう? 彼女はいま、広間のテーブルの上に安置されている。二脚のカルタつくえが並べておいてあるのだ。棺は明日来ることになっている。白い、白い、ナポリ織の絹の打敷き、だが、そんなことはどうでもいい……わたしはのべつ歩きまわりながら、この出来事を自分で自分にはっきりさせようとしている。ああ、もう六時だ、わたしははっきりさせたくてたまらないのだが、なんとしても考えを一点に集中することができない。要するに、わたしはのべつ歩いて、歩いて、歩きまわっている……それはこういう事情だったのだ。ひとつ簡単に順序を追って話すことにしよう。(この際、順序なんて!)諸君、わたしはおよそ文士とは縁の遠いものだ、それは諸君も見られるとおりである。が、そんなことはどうだってかまわない、わたしは自分で解釈しているとおりに話してしまおう。ところが、わたしがなにもかもちゃんと解釈しているということ、それがわたしの恐ろしいところなのだ?
 実は、もしそれを知りたいとお望みならば、つまりそもそもの初めから知りたいとお望みならば、彼女はあのときわたしのところへ、ただふらりと質をおきに来たのだ。『ゴーロス』紙上に出した広告料にあてるためである。その広告はしかじか、しかじかと紋切り型よろしくあって、家庭教師として雇われたし、地方行き、出稽古に応ず、等々、といったようなものである。これがそもそもの初めで、わたしはもちろん、彼女をほかの連中と区別などしなかった。なにしろ、ほかの連中と同じようにやって来て、いろいろ型のごとくあっただけなのだから。しかし、やがてそろそろ目につきだした。彼女は白っぽい髪をした、中背よりもやや高めの、いかにもなよなよとほっそりした女で、わたしと応対する時には、いつもきまり悪そうに固くなっていた(思うに、彼女は他人に対しては、だれにでもこんなふうだったに違いない、わたしなどはもちろん、彼女にとっては甲だろうと乙だろうと、少しも変わりはなかったに違いない。つまり、もしわたしを質屋としてでなく、一個の人間として見るならばである)。金を受け取るやいなや、彼女はすぐにくるりと身をひるがえして出て行った。それがみんな黙ったままなのである。ほかの連中は少しでもよけいに借りようと思って、争ったり、ねだったり、押し問答をしたりするものだが、この女は一風ちがって、出されたものだけ持って行く……わたしはなんだか脱線ばかりしているような気がする……そうだ、わたしはまず第一に、彼女の持って来る品物にあきれてしまった。金めっきをした銀の耳環、やくざな小さいロケット、高高二十コペイカぐらいの代物である。彼女は自分でも、それが十コペイカぐらいの値うちしかないことを承知していた。しかしわたしは彼女の顔つきで、それが彼女にとって貴重な品であることを見てとった。後で知ったことだが、はたしてそれらは両親から彼女に残されたすべてだったのである。ただ一度だけ、わたしは彼女の品物を見て、意識しながらにやりとしたことがある。つまり、お断わりしておくが、わたしはこういうことは決してしないことにしていたのである。客を相手にする場合、わたしの態度は紳士で、――口数すくなく、慇懃厳正なのである。「一にも厳正、二にも厳正、三にも厳正」である。しかし、彼女はあるときとつぜん、古い兎の毛皮で作った袖無短上着《クツアヴェイカ》の残り(つまり、文字通りに)を臆面もなく持って来たことがある。――で、わたしもついこらえかねて、思わず彼女になにかしら皮肉めいたことをいってしまった。いやはや、彼女がその時どんなに赤面したことか! 彼女は大きな空色のもの思わしげな目をしていたが、――それがなんと燃えるように輝いたことか! しかし、一言もいわないで、その「残り物」を持って、――出て行ってしまった。そのときわたしは初めて彼女を特別に[#「特別」に傍点]認め、そしてやはり同じような具合に彼女のことを何やら考えた。つまり、何か特別な具合に考えたのである。そうだ、わたしは今でもまだその時の印象を覚えている。お望みなら申しあげるが、それは最も主要な印象、いっさいのものの綜合なのである。つまり、あの女おそろしく若いな、十四ぐらいにしか見えない、若いな、といった感じである。ところが、彼女はその時もう三か月で十六になるのであった。だが、わたしがいおうとしたのは、そのことではない、全綜合は決してそんなところにあったのではない。あくる日、彼女はまたやって来た。後で知ったのだが、彼女はこの袖無短上着《クツアヴェイカ》を持って、ドブロヌラーヴォフのところへも、モーゼルのところへも行ったが、どちらも金製品よりほかには扱わないので、てんで話にならなかったわけである。ところが、わたしはいちど彼女から浮彫石《カメオ》(ごくお粗末な)をとったことがある、――後で気がついて、われながら驚いたのだが、わたしも金銀以外のものは決してとらなかったのに、彼女にだけ浮彫石《カメオ》をさし許したのである。これが当時、彼女に関する第二の想念であった、わたしはそれをよく覚えている。
 彼女は今度は、というのはつまり、モーゼルのところを出たその足で、琥珀の葉巻パイプを持って来た、――代物としては相当なもので、道楽向きの品だったが、われわれのところでは結局、一文の値うちもないのであった。なにぶん、われわれは金製品しか扱わないのだから。しかし、彼女は昨日の叛逆[#「叛逆」に傍点]のあとでやって来たのだから、わたしは厳かに彼女を迎えた。わたしの厳かというのは、そっけない態度のことである。そのくせ、彼女に二ルーブリの金をわたしながら、わたしはついこらえかねて、いくぶんいらだたしさを見せながら、「まったくあなただから[#「あなただから」に傍点]お貸しするんですよ。モーゼルなんか、こんなものは受けつけやしませんからね」といってしまった。「あなただから[#「あなただから」に傍点]」という言葉にわたしはとくに力を入れた。つまり、ある意味[#「ある意味」に傍点]を持たせたのである。わたしは意地が悪かった。この「あなただから[#「あなただから」に傍点]」を聞くと、彼女はまたかっとあかくなったが、黙りこくって、金もほうり出さずに受け取った、――貧乏の悲しさである! それにしても、なんて真っ赤になったことか! わたしはまんまと一本刺したなと悟った。彼女が出て行ってしまうと、急にわたしは自分にたずねた、――では、はたして彼女に対するこの勝利が、二ルーブリに値するだろうか? へ、へ、ヘ! 忘れもしない、わたしはほかならぬこの問いを、二度までも自分にかけてみた。「値するだろうか? 値するだろうか?」そして、笑いながら、腹の中でそれを肯定の意味に解決した。その時、わたしはもうやたらにうきうきしていた。しかし、これはよからぬ感情ではなかった。わたしは心あって、計画的にそうしたのである。わたしは彼女を試してみたかった、というのは、わたしの頭にはそのときふいに、彼女を目あてにある考えが湧いてきたからである。これが彼女についてわたしがいだいた第三の特別[#「特別」に傍点]な考えであった。
 ……さて、こうして、それ以来すべてが始まったのだ。もちろん、わたしは早速わきのほうからいっさいの事情を探り出そうと骨折った。そして、特別こらえきれぬ思いで彼女の来るのを待っていた。彼女が間もなくやって来るのを予感していたのだ。いよいよやって来た時、わたしは特別の慇懃さで、愛想のいい話をはじめた。なにしろ、わたしは相当の教育を受けているし、行儀作法も心得ている。ふむ! その時はじめて、これは心だての優しい、おとなしい女だな、とわたしは察した。心だての優しいおとなしいものは、長く突っ張ることをしない、決してむやみにうち明け話もしないけれど、話をそらしたりすることはどうしてもできないのである。口数こそ少ないけれど、答えることは答える。そして、さきへ行けば行くほど、だんだん言葉数が多くなる。もし何か知りたかったら、こちらに根気さえあればいいのである。もちろん、そのとき彼女は自分からは何もいわなかった。『ゴーロス』紙のことも、そのほかいっさいのことも、みんな後で知ったのである。彼女はその時なけなしの金をはたいて広告した。初めはもちろん、大風《おおふう》にかまえて、「家庭教師、地方行き可。条件は封書にて密送のこと」ところが、後には、「教授、夫人令嬢の話し相手、家政婦、病人の看護、裁縫、その他いっさい可」云々、云々、すべてみな様ご承知の文句なのだ! もちろん、こうしたことはみんな手を換え品を換えて、広告のたびごとにつけ加えられていったのだが、とどのつまり、いよいよ脈がないとなった時、「無給、食事のみにて」とまでやってのけたが、それでもだめ、口は見つからなかった! そのときわたしは最後に彼女を試してみようと決心した。だしぬけにその日の『ゴーロス』紙をとって、次のような広告を彼女に見せてやった。「若き婦人、まったくの孤児、主として年輩のやもめの宅に幼年子女の家庭教師の地位を求む、家政の労をとるも可」
「ね、ごらんなさい、これは今朝出た広告だが、この女はきっと夕方までに口を見つけますよ。広告ってものは、こういうふうにしなくちゃだめですよ!」
 彼女はまたもやかっと真っ赤になり、またもや双の目がぎらぎら輝きだした。彼女はくるりと踵を転じて、そのまま行ってしまった。それが非常にわたしの気に入った。もっとも、わたしはその時もう万事につけて確信を持っていたので、いっこうに恐れなかった。パイプを質にとるものはどこにもあるまい、というわけだ。しかも、彼女の手もとには、そうしたがらくたももう出払ってしまったのである。はたせるかな、三日目に彼女は真っ青な顔をして、わくわくしながら入って来た、――わたしは何か家で起こったのだなと悟ったが、実際そのとおりであった。何が起こったかはすぐ説明することとして、今はただこれだけのことをいっておこう。そのときわたしはとつぜん、自分の洒落た凡ならざるところを見せて、彼女にわたしという人間を見直させたのである。ふいにそういう計画が、わたしの心に浮かんだのである。実は、彼女が例の聖像を持って来たのだ(思いきって持って来たのだ)……ああ、聞いてくれ! 聞いてくれ! これから、いよいよはじまりなのだから、今までわたしはとりとめないことばかりいっていたのだ……要するに、わたしは今こうしたことを残らず思い出したのだ、こうした些細なことを一つ一つ、こまかい端の端まで。わたしは考えを一つの点に集中したくてたまらないのだが、それができない。つまり、こういった些細なことを、端から端まで……
 聖母像である。みどりごを抱いた聖母像、家伝来の古いもので、袈裟は銀台に金めっきがしてある、――値うちがある、――まあ、六ルーブリがとこの値うちはある。見受けたところ、彼女にとっては大事な聖像らしい。袈裟をはずさずに、聖像をそっくりそのまま質に入れようというのである。そこでわたしはいった。――袈裟だけはずしたらどんなものです、そして聖像は持ってお帰んなさい。だって、聖像はやっぱりどうも、その。
「まあ、聖像をとることはさし止めになっているんですの?」
「いや、さし止めというわけでもないが、ただ、もしかしたら、あなた自身に……」
「じゃ、はずしてください」
「ああ、いいことがある、はずすのをやめて、このままあのお厨子の中へ収めておきましょう」とわたしはちょっと考えてからいった。「ほかの聖像といっしょに、お燈明の下にね(わたしのところではいつも、帳場を開くと同時に、燈明に火を入れた)。そして、ただなんということなしに、十ルーブリ持っていらっしゃい」
「あたし十ルーブリなんていりませんの。五ルーブリだけちょうだいします、きっと受け出しますから」
「十ルーブリはいらないんですって? 聖像はそれだけの値うちがあるんですがなあ」またもや彼女の目が、きらきら光りだしたのを認めて、わたしはこうつけたした。
 彼女は口をつぐんだ。わたしは彼女に五ルーブリ出してやった。
「だれであろうと、人を軽蔑してはいけませんよ、わたしも自分で同じような苦労をしてきた人間なんです。いや、それよりもっとひどかったくらいです、今わたしはごらんのとおりこんな商売をしていますが……これというのも、みないろんな目にあってきたあげくのことなんです……」
「あなたは社会に復讐していらっしゃるんですのね? そうでしょう?」と彼女はふいにかなり辛辣な嘲笑を浮かべて、わたしの言葉をさえぎったが、その中にはしかし、たぶんの無邪気さがあった(つまり、一般的なものなのである。なぜなら、彼女はそのときわたしを全然ほかの人間と区別していず、ほとんどなんの毒気もない調子でいったからである)。
『ははあ!』とわたしは考えた。『お前はそういう女か、性根が出てきたぞ、新しい傾向の』
「実はね」とわたしはすぐ、半ば冗談らしく、半ば神秘めかしていった。「わたしは、――われは悪をなさんと欲して、善を行ないつつある大いなるものの一部の一部なり……」
 彼女は素早くなみなみならぬ好奇心(その中には、とはいえ、たぶんの子供らしさを含んでいた)をもって、わたしを眺めた。
「ちょっと待ってください……それはいったいどういう思想ですの? どこからそんな句をお引きになったんですの? あたしどこかで聞いたような……」
「頭をおひねりになることはいりません、このいいまわしで、メフィストフェレスが、ファウストに自己紹介をしているんです。『ファウスト』を読んだことがありますか?」
「いえ……いえ、走り読みに」
「つまり、ちっとも読まなかったでしょう。読まなくちゃいけませんな。しかし、お見受けするところ、またあなたの唇に嘲笑のかげが浮かんだようですね。お願いですから、わたしが質屋という自分の役目を粉飾するために、あなたの前でメフィストフェレスを気どろうとしたなんて、そんな無趣味な人間だなどと思わないでください。質屋は結局、質屋です。わかってますよ」
「あなたはなんだか妙な方ね……あたし、そんなことをあなたにいおうなんて、まるで考えてもいませんでしたわ……」
 彼女は、「あたしあなたが教育のある方だなんて、思いがけませんでしたわ」といいたかったのだが、口に出してはいわなかった。そのかわりわたしのほうで、彼女がそう思ったことを知っていた。わたしはひどく彼女の御意にかなったのである。
「そりゃあね」とわたしはいった。「どんな職場にいても、いいことをすることはできます。もちろん、わたしは自分のことをいっているのじゃありません。かりにわたしは悪いことよりほか何もしていないにしろ、しかし……」
「そりゃもう、どんなところにいたって、いいことはできますわ」と彼女は素早い、浸み入るようなまなざしで、わたしを見ながらいった。「まったくどんなところにいたってもね[#「いたってもね」はママ]」と唐突に彼女はいいたした。
 おお、わたしは覚えている。こういった一瞬一瞬をことごとく覚えている。それから、なおつけ加えておきたいのは、こういった若い人たちは、こういったふうの愛すべき若い人たちは、何かこれに類した、賢い、人の心に滲み入るようなことをいいたくなると、急にあまりにも誠実無邪気に、「そら、今わたしはお前にかしこい、心に滲み入るようなことをいうのだよ」といった気持ちを顔に出すものである、――もっとも、それはわれわれのように虚栄心からやるのではなく、彼ら自身ひどくそれを尊重し、信仰し尊敬して、相手も当人と同じように、それを尊敬してくれるものと思い込んでいることが、ありありと見えているのである。おお、誠実!これで[#「誠実!これで」はママ]彼らは相手を征服するのである。しかも、彼女にあっては、それがどんな魅力となったか!
 わたしは覚えている、なに一つ忘れはしなかった! 彼女が出て行くと、わたしはひと思いに肚をきめた。さっそくその日のうちに、わたしは最後の探索に出向いて、彼女について聞き残していた現在の真相を知った。過去の真相は、当時彼らのうちに勤めているルケリヤを数日前に買収して、すっかり知りつくしていたのである。ところが、現在の真相たるや、あまりにも恐ろしいものだったので、わたしは彼女がそれほどの恐怖のもとにおかれながら、よくもさきほどあんなに笑ったり、メフィストフェレスの言葉に好奇心を起こしたりすることができたものだと、ふつふつ合点がゆかないくらいであった。しかし、――若さの力である! そのときわたしは彼女のことを、誇りと喜びをもって、まさしくこう思ったのである。なぜなら、そこには寛大な心があったからである。滅亡の淵に瀕していながら、ゲーテの偉大なる言葉はその心に輝くのだ。若い人たちというものは、ほんの滴ほどでも、常に寛大な心をもっているものである。よしんば方向は歪んでいるにもせよ。つまり、わたしは彼女のことをいっているのだ、彼女一人だけのことをいっているのだ。要するに、そのときわたしはすでに彼女を自分のもの[#「自分のもの」に傍点]として眺め、自分の力を疑わなかったのである。もはやなんの疑いもなくなった時のこうした考え、その甘美さといったらないのである。
 しかし、わたしはどうしたということだ? こんな調子でいったら、いつすべてを一つの点に集中することができることやら! 早く、早く、――問題は全然こんなことにあるのではないのだ。ああ、やりきれない!

   2 結婚申込

 彼女について知った「真相」を一言で説明しよう。父と母とはもうずっと以前、三年も前に死んでしまって、彼女はだらしのない叔母たちの手に取り残された。もっとも、彼らのことをだらしがないというだけではたりない。一人の叔母はやもめだが、家族は大人数で、年のあまり違わない六人の子供をかかえていたし、もう一人は老嬢で根性の悪い女であった。どちらも根性がよくなかった。彼女の父親は官吏だったが、書記くらいのところで、身分はしがない一代貴族、――要するに、なにもかもわたしには手ごろであった。わたしなどはそこへ行くと、まるで掃き溜めへ鶴が降りたようなものであった。なんといっても、光輝ある連隊の退職二等大尉で、世襲貴族で、立派な一本立ちの人間、などと数え立てたらきりがない。質屋の店という点にいたっては、叔母たちはただ尊敬の目をもって見うるのみであった。彼女はこの叔母二人のところで、三年のあいだ奴隷のような境遇におかれていたが、にもかかわらず、その間にどこかの試験を受けた、――受けて首尾よく合格した。日雇かせぎのような情け容赦もない労働の中から暇をぬすんで合格したのである、――彼女がかように高いもの、上品なものにあこがれて突き進んで行ったということは、相当意味のある事実ではないか! わたしのほうとしては、なんのために結婚を思い立ったかというと……だが、自分のことなんかどうでもいい、それは後のことだ……第一、そんなことが問題だろうか!-彼女は叔母の子供を教えたり、肌着を縫ったりしていたが、しまいには肌着どころか、あの弱い胸をもちながら、床まで洗ったものである。手っとり早くいえば、叔母たちは彼女をうち打擲し、口にするパンの一切れ一切れをやかましくいったのである。そしてあげくのはては、彼女を売り飛ばそうと考えるまでにいたった。ぺっ! こんな穢らわしいことの仔細ははぶくとしよう。その後、彼女はなにもかも詳しくわたしに伝えてくれた。
 こうした一部始終を、まる一年間じっと見ていたのが隣りの肥った商人であったが、それはただの小商人でなく、食料雑貨店を二軒も持っていたのである。この男はもう女房を二人殺して、三人目をさがしているところだったので、彼女に目をつけたわけである。「静かな娘で、貧乏に育ったから、苦労も知っている。なにしろ、おれが女房をもらうのは、子供のためなんだからな」という気になった。実際、この男には子供があったのだ。そこで申込みという段取りとなり、叔母たちと談合をはじめた。おまけに、この男は年も五十からになるのである。彼女はぞっとしてしまった。つまりこの時から、彼女は『ゴーロス』へ広告を出すために、わたしのところへせっせと足を運びだしたのである。とどのつまり、彼女は叔母たちに向かって、ほんのちょっぴり考える暇をくれるようにと頼みはじめた。そのちょっぴりは許されたが、それもただ一度きりで、二度とは聞いてくれない、「よけいな口がなくてさえ、自分たちだけでも食うに困っているんじゃないか」と責めつけられるのであった。わたしはそういう事情をもうすっかり知っていたので、その日、朝のことがあってから、肚をきめてしまった。その晩、例の商人が、店から五十コペイカぐらいの菓子を一フント(四一〇グラム)持ってやって来た。彼女はそのそばにすわらされたわけである。わたしは台所からルケリヤを呼び出し、わたしが門のそばに待っていて、何か急な話があるといっていると、彼女にそっと耳打ちするようにいいつけた。わたしはそうした自分に満足であった。概してその日はいちんち、わたしはひどく満足な気持ちだった。
 わたしはいきなりその門のそばで、ルケリヤの聞いている前で、わたしに呼び出されたことだけでもいいかげん驚いている彼女に向かって、これこれしかじかで、もしご承諾ねがえれば幸福とも名誉とも考えている、云々と切り出した……第二に、――わたしの振舞いにびっくりせぬように願いたい、門のそばでこんな話はさぞ変に思われるだろうが、自分は「まっすぐな人間で、事情も十分に研究したうえなのだから」と説明した。わたしがまっすぐな人間だといったのは法螺ではない。まあ、こんなことはどうだっていい。だが、わたしの話し方はきちんとして作法にかなっていた。つまり、わたしが教養のある人間だということを示したのであるが、そればかりでなく、ぜんたいの持ちかけ方が奇抜なのであった。そして、これが最も有効だったのである。いったいこうしたことを告白するのは罪だろうか? わたしは自分を裁きたい。だから現に裁いているのだ。わたしはproかcontra(是か非)かをいわなければならない、だからそれをいっているのだ。わたしは後になっても、その時のことを思いだすといい気持ちであった。もっとも、こんなことはばかげた話であるが……わたしはそのとき率直に冷静な態度で、第一、自分はべつにこれといった才能もなく、取り立てて賢くもなく、あるいはまたあまり善良ですらなくて、かなり安価なエゴイストかもしれず(わたしはこの表現を記憶している、わたしはそのとき途々こいつを考え出して、自分でもそれに満足していたのである)、その他の点においても、いろいろ不快なところがあるかもしれない、それは大いにあり得ることだと言明した。しかも、これらすべてを一種特別な、誇りやかな[#「誇りやかな」はママ]調子でいってのけたのである、――普通こういうことがどんなふうに語られるかは、わかりきった話だ。もちろん、わたしは、自分の欠点を堂々と言明しておいて、そのあとで、「しかしそのかわり、これこれこういうことがある」などと、自分の長所をならべ立てるようなことをしないだけの趣味《このみ》のよさがあった。わたしは、彼女がまだ目下のところ、ひどくこわがっていることを見てとったが、その不安を解こうとしなかったばかりか、わざとそれを煽り立てるように、食うことに事は欠かせないが、さて衣裳とか、芝居とか、舞踏会などという贅沢はいっさいさせない、それは、まあ、将来、目的を達してから後の話だと、真正面からいっておいた。この厳粛な調子が気に入って、わたしはすっかり夢中になってしまったのである。なおわたしは、これもできるだけさりげない調子で、自分がこんな仕事を選んだのは、つまり質屋の店などを開いているのは、ただある目的を持っているためで、要するに、ある一つの事情がしからしめたからだとつけ加えた……しかし、わたしはそういうだけの権利は持っていたのだ。実際、わたしにはそういう目的、そういう事情があったのである。ちょっと待っていただきたい、諸君、わたしは生涯この質店を自分からさきに立って憎悪していたのである。しかし、実のところ、こんな神秘めかしい文句を使って話をするのは、われながら滑稽に聞こえるが、わたしは実際、「社会に復讐していた」のである、ほんとう、ほんとう、ほんとうなのだ! だから、その朝、わたしが「復讐している」とかいった彼女の皮肉は、心から出た言葉ではなかったのである。つまり、そのわけはお察しでもあろうが、もしわたしが「そうです、わたしは社会に復讐しているのです」と直接言葉をもっていおうものなら、彼女は朝のように笑ってしまって、事実、滑稽なものになったであろう。それを、遠まわしの暗示で、神秘めかしい文句を使っていたから、かえって相手の想像を籠絡することができるのである。そればかりでなく、そのときわたしはすでになにものをも恐れていなかった。なにしろわたしは、肥っちょの商人はいずれにしても、わたし以上彼女にきらわれているので、門のそばに立ったわたしは、解放者として現われたのだということを、ちゃんと承知していたからである。実際、わたしはそこを呑み込んでいた。おお、人間はことによく卑劣を理解するものである! だが、これははたして卑劣だろうか? どうしてこのような場合、人間を裁くことができよう? いったいその時でさえ、すでにわたしは彼女を愛していなかっただろうか?
 待っていただきたい。もちろん、わたしはそのとき彼女に向かって、恩がましいことなどはおくびにも出さなかった。それどころか、まったくその反対に「恩を受けるのはわたし[#「わたし」に傍点]で、あなた[#「あなた」に傍点]ではない」といったくらいである。しかも、それを口に出してしまった。つい自分を抑制することができなかったのである。で、結局、ばかげたことになってしまったらしい。その証拠には、彼女の顔にちらりと皮肉なかげが走るのを認めたからである。が、全体としては、断じてわたしの勝ちであった。まあ、待っていただきたい、こうした穢らわしいことを逐一回想する以上、最後の卑しい考えも白状してしまおう。わたしは立っていたが、頭の中には一つの想念がうごめいていた、――おれは背も高いし、恰好もすらりとして、教育もある、それから、――最後に、うぬぼれなしにいっても、男振りだって悪くない。こうした考えがわたしの頭の中をおどっていたのである。いうまでもなく、彼女は即座に門のそばでわたしにうん[#「うん」に傍点]といった。けれど……けれど、つけ加えなければならないが、彼女はその門のそばで、うん[#「うん」に傍点]というまえに、かなり長いこと考えていた。あまり考え込んでしまったので、わたしはとうとう、「さあ、どうですか?」とたずねた。――のみならず、つい我慢しきれないで、変に気どって、「さあ、どうですかね?」と、きざな「ね」までつけたくらいである。
「待ってください、あたし考えてるんですから」
 彼女の顔つきはいかにもまじめなものであった、そのまじめさといったら、そのときすでに読み取ることができたはずだと思われるほどであった! ところが、わたしは少しむっとして、『この女はおれと商人とを天秤《てんびん》にかけているのだろうか?』と考えた。おお、そのときわたしはまだ悟らなかったのである! そのときわたしはまだなんにも、なんにも悟らなかったのである! いや、今日が日まで悟らなかったのである! 忘れもしない、わたしがもう帰りかけた時に、ルケリヤがわたしのあとから駆け出して来て、路上にわたしを呼びとめ、息を切らせながら、こういった。「旦那様、うちのかわいいお嬢さんをもらってくだすって、ご奇特なことでございます。ほんとうに神様からお恵みをお授かりになりますよ。ただお嬢さまにこんなことをおっしゃらないでくださいまし、気位の高い方ですからね」
 なるほど、気位の高い女だ! わたしは自体、気位の高い人間が好きである。気位の高い女はことにいい、わけても……わけても、彼らに対する自己の優越のもはや疑いのない時には、なおさらである。え、どんなものだ? おお、下劣な、へまな男! ああ、わたしはじつに大満悦であった! ところで、もしかしたら、彼女はわたしにうんという返事をしようとして、あのとき門のそばで考え込んでいるし、わたしは返事が遅いのに驚いていた時、あるいは彼女の頭にこんな考えが浮かんでいたかもしれないのだ。『どうせどっちへ行っても不幸を見るくらいなら、いっそ初めから悪いほう、つまり肥っちょの商人のほうを選んで、一日も早く酔ったまぎれに打ち殺されるほうがよくはないかしら?』え! 諸君はどう思われるか、そういう考えが起こり得たであろうか。
 今でもわたしはわからない、今でもなに一つわからない。わたしはたった今、彼女はそうした考えを持っていたかもしれない、といった。つまり、二つの不幸のうち悪いほう、すなわち商人を選ぼうという考えを持ったかもしれないといったが、そのとき彼女にとって、わたしと商人とどちらがより大きな悪であったろう? 商人のほうか、それともゲーテを引用する質屋か? これはいまだに疑問である! なに、疑問だって? お前はそれすらまだわからない、答えは現に、テーブルの上に横たわっている。それだのに、お前は疑問だなどといっている! ちえっ、おれのことなんかどうでもいい! 問題はぜんぜんわたしなんかにあるのではない……だが、ついでに一言、いまわたしにとって――問題がわたしにあろうとなかろうと、それがいったいどうしたというのだ?いやはや[#「いうのだ?いやはや」はママ]、こうなるとまるで解決がつかない。いっそ横になって寝るとしよう。頭が痛い……

   3 高潔無比の人、されどみずから信ぜず

 眠れなかった。それに眠るどころの話ではない。頭の中では、何か脈のようなものがずきんずきん打っている。わたしはこうしたことをすっかり納得のゆくように、頭の中で整理したいと思う。こうした穢らわしいことを、すっかり整理したいのだ。おお、穢らわしい! おお、そのときわたしはどんな穢らわしい世界から彼女を引きあげてやったと思う。彼女はそれを理解して、わたしのしたことをありがたく思わなくてはならなかったのだ! わたしはまたいろんなことを考えて喜んでいた。例えば、わたしは四十一だが、彼女はやっと十六だというようなことが気に入ったものである。このことはわたしを魅了しつくした。この不釣合いの感じ、それはじつに甘美なものである、なんともいえないほど甘美なものである。
 例えば、わたしはa` l'anglaise(イギリス式)で、つまり断然二人きりで、ただ二人の証人だけ立ち会ってもらって(その一人はルケリヤだ)、結婚式が挙げたかった。それから、すぐ汽車に乗って、例えばモスクワへでも行き(ちょうどそこには用事もできたので)、二週間ぐらい宿屋暮らしをしようと思った。が、彼女は反対して、そんなことを許さなかった。で、わたしはやむなく彼女をよこしてくれる里方として、叔母たちのところへ敬意を表しに行かなければならなかった。わたしはすべていうなりになって、叔母たちにも相当のことをしてやった。わたしはこの畜生どもに、百ルーブリずつもくれてやったうえ、まだその後からも色をつけると約束した。もちろん、彼女にはそのことを話さなかった。そんな卑しいいきさつで彼女を悲しませたくなかったからである。叔母たちはさっそく猫撫で声になった。支度のことでも議論が起こった。彼女はほとんど文字通りに無一物であったが、彼女は何もいらないといった。しかし、わたしは彼女に、まんざらの裸というわけにもゆかないと納得させて、支度はわたしが調えてやった。彼女にそんなことをしてくれる人は、ほかにだれもいなかったからである。しかし、まあ、わたしのことなどはどうでもかまやしない。とにかく、わたしはいろんな自分の考えをそのとき彼女に伝えるだけの余裕はあった。少なくとも彼女には知っておいてもらいたかったからである。しかし、ことによったら、わたしのは[#「わたしのは」はママ]急ぎすぎたかもしれない。が、何よりも特筆すべきは、彼女は気を強く持とうと思っていたにもかかわらず、初めからいきなり愛情をもってわたしのふところへ飛び込んで来たことである。よく晩にわたしが出かけて行くと、さもさもうれしそうに出迎えて、例の子供っぽい話しぶりで(魅力ある純真な子供っぽさ!)自分の少女時代のこと、幼年時代のこと、両親の家のこと、父親や母親のことなどを話して聞かせた。けれど、わたしはこうした感激に、いきなりその場で冷たい水をぶっかけるようなことをしてしまった。その中にこそわたしの思想があったのである。歓喜に対して、わたしは沈黙をもって答えた。もちろん、好意の沈黙ではあったが……しかし、彼女はいくばくもなくして、わたしたち二人の間には大きな差別があり、わたしが一つの謎であることを見てとった。ところがわたしは主としてこの謎を狙ったのである! ただ謎をかけるためのみに、わたしはこんなばかな真似をしたのかもしれないのだ! 第一、厳格、――この厳格のもとに彼女を家へ入れたのである。一口にいえば、そのときわたしは大満悦でありながら、一つのシステムを創りあげたのである。いやなに、それは別段なんの無理もなしに、自然とできてしまったのである。またそうよりほかにやりようがなかったのだ。わたしはのっぴきならぬ事情によって、このシステムを、創らざるを得なかったのだ、――だが、実際、わたしはなんだって自分をそしっているのか! システムは真摯なものであった。いや、まあ、聞いてもらおう、人を裁くなら、事柄を知ったうえで裁くべきだ……そこで、聞いてもらおう。
 さて、どんなふうに始めたものだろう、こいつは実にむずかしい。自己弁護をはじめると、――たちまち事がむずかしくなるものだ。さて若い人たちは、例えば、金を軽蔑する、――ところが、わたしはすぐ金をやかましくいいだした。一にも金、二にも金というふうにやった。あまりやかましくなったので、彼女はだんだん無口になってきた。大きな目をして、黙って人の顔を見て、そして口をつぐんでしまう。さて、若い人というものは寛大である。つまり、たちのいい若い人は寛大で、しかも衝動的なものである。ただ忍耐力がなくて、ちょっとでも気に染まぬことがあると、もうさっそく軽蔑をいだくのだ。ところが、わたしは博大さがほしかったのである。わたしは博大さを直接こころへ、こころの目へ接木《つぎき》したいと思った。それがほんとうではなかろうか? 卑近な例をとってみると、例えば、わたしはどんなふうにして、彼女のような性質をもった人間に質店を説明したらよいのだ? もちろん、わたしはまっすぐには切り出さなかった。でないと、わたしが質店のことでゆるしを乞うているような形になったからだ。で、わたしは、いわば矜持の態度で行動し、ほとんど沈黙によって語ったのである。元来、わたしは沈黙によって語る名人である。わたしは生涯、沈黙によって語り通してきた。われとわが身を相手に、数々の悲劇を黙って体験してきた。おお、わたし自身も不幸な人間だったのである! わたしはみんなから見棄てられた。見棄てられて、忘れられたのだ。しかも、だれ一人、まったくだれ一人これを知るものはない! ところが、急にこの十六の小娘が、その後、卑劣な人間どもから、わたしのことをこまごまと聞いて来て、自分はなにもかも知っていると考えた。しかし、最も貴重な真相は、ただわたしの胸の中にのみ依然として残っていたのである! わたしは相変わらず黙っていた。とくに、とくに彼女とは、つい昨日まで口をきかなかった、――なぜ口をきかなかったのか? 矜持を有する人間としてである。わたしがいわずとも、彼女が自分で知ることを望んだのである。ただし、卑劣な人間どもの話によらないで、自分で[#「自分で」に傍点]わたしという人間のことを洞察し[#「洞察し」に傍点]、理解することを望んだのである! 彼女をわが家へ迎え入れる際に、わたしは満腔の尊敬を欲した。彼女が、わたしの前にわたしの受けてきた苦悩のために祈念しながら立つ、それをわたしは望んだのである、――わたしにはそれだけの値うちがあったのだ。おお、わたしは常に驕慢であった、わたしは常に全か無かを望んだ! つまり、わたしは幸福において中途半端がきらいで、すべてを望んだからである、――つまり、それがために、わたしはその時、『自分から察して、尊重するがいい!』という態度をとらざるを得なかったのである。なぜなら、察してもらえることと思うが、――もしわたしが自分で彼女に説明したり、口を添えたり、機嫌をとったり、尊敬を求めたりすれば、――それこそ、わたしは施し物を乞うと同じことになるではないか……しかし、……しかし、なんだってわたしはこんなことをいってるのだろう!
 愚劣だ、愚劣だ、愚劣だ、愚劣だ! そのときわたしは真正面から容赦なく容赦なく(ということを、眼目にしていたのである)、彼女に向かって、若い人たちの寛大さは美しくはあるが、一文の値うちもないと、たった二ことで説明してやった。なぜに値うちがないか? なぜなら、それは安価に手に入るものだからである、生活をしないで得たもので、いわば「生存の最初の印象」だからである。まあ、ひとつきみたちが苦労して働いているところを見ようじゃないか! 安価な寛大さは、いつでも軽々しいもので、命を投げ出すことさえ、――それさえ安価なものだ。なぜなら、ただ血が沸き立ち、力があり余って、熱情的に美を欲しているにすぎないからだ! いや、ひとつ、じみで、困難な、世に聞こえない寛大の功業、光彩がなく、誹謗を伴う、犠牲のみ多くて、かけらほどの名誉もない寛大の功業をとってみたまえ、――自分は地上のだれより潔白であるにもかかわらず、その立派な人間である自分が、世人の前に卑劣漢あつかいされるような功業、――まあ、ひとつこんなのをためしにやってみたまえ、それこそきみはお辞儀をしてしまうだろう! ところが、わたしは、――わたしは生涯、ただそうした功業のみを担ってきたのだ。こういうと、彼女も初めは争った。いやはや、なかなか手ひどく争いもしたが、その後、だんだん口数が少なくなり、ついにはすっかり黙り込んでしまった、ただ注意ぶかい目だけを、恐ろしく大きく見はって聞いているばかり。そして……そしておまけに、わたしはあるときふいに、疑りぶかそうな、無言の、薄気味わるい微笑に気がついた。つまり、この微笑とともに、わたしは彼女をわが家へ迎え入れたのである。もっとも、彼女としては、もうどこへも行くさきがなかったのだけれど……

   4 なにもかも計画で持ちきり

 その時は、わたしたちのうちだれが口火をつけたか?
 だれでもない。第一歩から自然に始まったのである。わたしはまえに、自分は厳格を旨として、彼女をわが家へ迎え入れたといったが、しかし第一歩から早くも軟化してしまった。まだ許嫁《いいなずけ》の頃から、質をとって金を渡す係になるのだと、彼女にいいわたしておいた。が、彼女はその時はなんにもいわなかった(この点に注意してもらいたい)。のみならず、――彼女は熱心に仕事にとりかかったほどである。もちろん、住居、家具、――それらはすべてもとのとおりであった。住居は二間。一つは大きな広間で、そこに帳場がしきられてある。もう一つは同じように大きな部屋で、それはわたしたち共同の居間になっており、また同時に寝室ともなっていたのである。わたしの家の家具は貧弱なもので、叔母の家のほうがいいくらいだった。お厨子には燈明がついていて、それは帳場をしつらえた広間にある。が、わたしの部屋には戸棚があって、その中には数冊の書物が入っていた。行李も一つあって、鍵はすべてわたしが持っていた。なおそこには寝台、椅子、テーブルがある。彼女がまだ許嫁だった間に、わたしは日常の経費、つまりわたしと、彼女と、わたしがこちらへ横取りしたルケリヤと、この三人の食費は一日一ルーブリとして、それを超過してはならぬ、といいわたしておいた。「わたしは三年の間に、三万ルーブリこしらえなければならないが、そうでもしなければ、金は残りゃしないからね」彼女はべつに異議は申し立てなかったのだが、わたしのほうで経費を三十コペイカだけ増すことにした。芝居も同様である。婚約時代に、わたしはさきざき芝居など見ないといったくせに、月に一度は劇場へも行くことにして、しかも上品に平土間に席を取ったものである。わたしたちはいっしょに三度ばかり行った。たしか『幸福の追求』だの『歌う小鳥』だのを見たように思う。(おお、下らない、下らない!)黙って行って、黙って帰って来た。なぜ、いったいなぜわたしたちはそもそもの初めから、黙っている癖をつけてしまったのだろう? 初めはいさかいなどはなかったが、どこまでもだんまり[#「だんまり」に傍点]であった。覚えているが、彼女はその頃いつも何やらそっとわたしを盗み見していた。わたしはそれに気がつくと、さらに沈黙を強めた。もっとも、沈黙で押していこうとしたのはわたしであって、彼女ではなかった。彼女のほうからいえば、一度か二度、衝動にかられて、いきなりわたしに抱きついたことがある。しかし、その衝動は病的なヒステリックなもので、わたしの必要としたのは、彼女からの尊敬を伴った堅固な幸福だったから、わたしは冷やかにそれを受けた。またそれでよかったのだ、いつも衝動のあった翌日は、きっと喧嘩になったから。
 といって、この場合もやはり喧嘩はなかったのだが、沈黙があった。そして、――そして彼女のほうからますますふてぶてしい顔つきを見せるようになった。「叛逆と独立」――これなのであった。ただ彼女にはそれがうまくゆかなかった。さて、あのおとなしい顔がますますふてぶてしくなっていった。うち明けていうと、彼女はわたしが虫唾《むしず》が走るほどいやになってきたのである。わたしはちゃんとそれを研究したのだ。とにかく、彼女が衝動的に自制を失ったということは、なんの疑いもなかった。まあ、早い話が、あんな不潔と貧乏の中からぬけ出して来て、ついこの間まで床まで洗っていたくせに、急にわたしたちの貧乏をせせら笑うではないか! 断わっておくが、それは貧乏ではなくて節約だったのだ。もし必要とあれば贅沢もしたので、例えば肌着とか、清潔という点では、けちけちしなかった。わたしはいつも前から、夫が身のまわりを清潔にしていることは、妻にとってうれしいものだと空想していた。もっとも、彼女が不平だったのは、貧乏ではなくて、わたしの節約の中にある、一見吝嗇と思われる点なのである。「目的があって堅固な性格を持っているということを、見せびらかしたいのだ」と腹の中でせせら笑っていたのである。彼女は急に自分から芝居見物を辞退した。嘲りのかげはますます濃くなってゆくが――わたしのほうはいやがうえに沈黙を深める。
 弁解がましいことはすべきでないだろうか? ここでいちばんかんじんな問題は質店である。失礼ながら――女、ことに十六やそこいらの娘が、絶対に男に服従しないわけにいかないことを、わたしは承知していた。女には独自性がない。これは、――これは公理である。今でさえ、今でさえ、わたしにとっては公理である! なに、広間にあれが冷たく横たわっているからって、それがなんだ、――真理は真理である。この場合よしんばミル(ジョン・スチュアート・ミルのことか)が出て来たって、なんとも致し方がないのだ! ところで恋する女、おお、恋する女は、――愛するものの悪徳、悪行をすら、神のように崇めるものである。女が恋人の悪行のために見いだすような弁解は、男がどんなに苦心したって、自分でさがし出せないくらいである。これは寛大ではあるが、独自性ではない。女を滅ぼしたのは、ただ非独自性というやつだけである。あれがなんだ。わたしはくり返していう、きみがいくらあすこのテーブルの上をさして見せたって、びくともしやしない。いったいあのテーブルの上に横たわっているものが、はたして独自的なものだろうか? おお――おお!
 さてそこで、そのころわたしは彼女の愛を確信していた。なにしろその頃、彼女はわたしの首っ玉にかじりついていたではないか。してみると、愛していたのだ、いや、正確にいえば、愛そうと望んでいたのだ。そうだ、まさにそのとおり、愛そうと望んでいたのだ、愛そうと希求していたのだ。要するに、彼女がそのために弁解をさがさなければならないような悪行すらも、そこには微塵もなかったのである。諸君は質屋とひと口にいう、人もみんなそういう。だが、質屋がいったいどうしたというのだ? もし世にもまれな大きな心を持った人間が、質屋になったとすれば、そこにはなんらかの理由があるわけである。さて、諸君、世の中にはこういう思想がある……つまり、ある種の思想を口に出して言葉で発表すると、恐ろしく愚劣なものになることがある。われながら恥ずかしくなることがある。なぜだろう? なぜでもない。われわれがみなやくざもので、真実にたえ得ないからである。それでなければ、わたしにはもう何もわからない。わたしは今、「世にもまれな大きな、心を持った人間」といった。これは滑稽ではあるが、しかしまたそのとおりだったのである。なにしろ、それはほんとうのことだったのだ、つまり、最も真実味のこもった真実だったのだ! そうだ。そのときわたしは自分を保証するために、この質店を開こうと考える権利を持っていた[#「権利を持っていた」に傍点]のだ。「諸君はわたしを排斥した。諸君、つまり人々は、わたしを侮蔑に充ちた沈黙で追い払った。諸君に対するわたしの熱烈な衝動に対して、諸君はわたしの生涯わすれることのできない侮辱をもって答えたのだ。したがって、今のわたしは諸君と隔絶するために障壁を立てまわし、例の三万ルーブリという金を集めて、どこかクリミヤの南海岸の、山の中の葡萄園へでも行って、その三万ルーブリで領地を買い込み、生涯をおえる権利があったのだ。要は、諸君から遠ざかることなのだが、しかし諸君に恨みを持つようなことはなく、心に理想を持ち、愛する女と、神の授けがあったら家族といっしょに、――近くの村民たちを助けながら暮らすのだ」
 もちろん、いまわたしは独りでこれをいっているからいいようなものの、もしわたしがあの時口に出して、あれにこんなことをこまごまと吹聴したら、それ以上ばかげた話はなかろうではないか? つまり、これがゆえに傲慢な沈黙となったのであり、二人が黙々として暮らしていたわけである。こういった次第で、彼女にいったい何を理解することができよう? 十六という蕾の花、――それで、わたしの弁解や苦悩を聞いたところで、何を理解することができよう? そこにはただ直線的な一本気と、世間知らずと、幼い安価な信念と、「美しい心の」盲目しかない。そこへ持ってきて、何よりいけないのは、――質屋、それでもう万事休すなのだ!(いったいわたしは質屋で悪いことでもしただろうか、彼女にしたって、わたしがどんなふうにしていたか、見ていたはずではないか、いったい余分な利息でも取ったことがあるだろうか?)おお、地上の真実はなんと恐ろしいものであるか! あのかわいいおとなしい女、あの青空のように純な彼女が、暴君であったのだ。わたしの心にとってたえがたい暴君であり、迫害者であったのだ! もしこれをいわなければ、わたしは自分を誹謗することになる! いったい諸君は、わたしが彼女を愛していなかったと思うか? わたしが彼女を愛していなかったと、はたしてだれがいいうるか? ところが、そこに皮肉があったのだ、運命と自然の意地の悪い皮肉があったのだ! われわれは呪われている、総じて人間の生活はのろわれている!(わたしの生活はことにしかりである!)今ではわたしも、自分がこの問題で何か過ちを犯したのだ、ということがうなずかれる! とにかく、そのとき何やら見当違いなことができたのだ。わたしにしてみれば、なにもかも明瞭であった、わたしの計画は大空のごとく明らかだったのである。「厳しく、傲慢で、何|人《ぴと》からも精神的慰安など求めず、黙って苦しんでいるのだ」まったくそのとおりなので、うそはつかなかった、決してうそはつかなかった!「いずれ後になって、あれも自分で、そこに大きな心のあったことに気がつくだろうが、今のところ、それを認めることができないのだ。――そのかわり、いつか気がつけば、十倍もその価値を認め、手を合せて拝みながら、穴があったら入りたいくらいに思うだろう」これが計画であった。が、わたしはそこに何かを忘れていたか、さもなくば見落としていたのだ。そこには何か、うまくやりおおせないことがあったのだ。しかし、もうたくさん、たくさんだ! 今さらだれにゆるしを乞うのだ? すんだことはすんだことだ。人間よ、もっと勇敢であれ、傲慢であれ! お前が悪いのではない!………
 なに、かまうものか、わたしは真実をいおう、真実の前に面と向かって立つことを恐れまい。あれ[#「あれ」に傍点]が悪いのだ、あれ[#「あれ」に傍点]が悪いのだ!………

   5 おとなしい女の叛逆

 いさかいが始まった。彼女が急に自分勝手に金を貸そうという了見をおこし、品物を価格以上に値踏みして、二度もこの問題でわたしといい合いをはじめた、それがもとなのであった。わたしは応じなかった。ところが、そこへあの大尉夫人がからむこととなったのである。
 年とった大尉夫人がロケットを持って来た、――亡夫の贈物で、いわずと知れた記念《かたみ》である。わたしは三十ルーブリ貸してやった。老夫人はめそめそと愚痴をならべ、品物を大切に保存してくれるようにと頼みはじめた、――もちろん、ちゃんと保存しましょうといった。さて、まあ、手短かにいってしまうが、それから五日ばかりして、とつぜん八ルーブリもしないような腕環と取り換えに来た。わたしはもちろん、拒絶した。そのとき老女はきっと、妻の目つきで何事かを悟ったのだろう、とにかく、その後でわたしのいない時にやって来た。すると、妻は彼女にロケットを入れ換えてやった。
 その日のうちにこの始末を知ると、わたしは言葉おだやかに、毅然とした調子で、条理をつくしていって聞かせた。彼女は寝台に腰かけて、右の靴さきで絨毯を軽くこつこつやりながら(彼女の癖だ)、床を見つめていた。その唇には、たちのよくない微笑が浮かんでいる。そのときわたしは少しも声を高めず、おちつきはらって、金はわたし[#「わたし」に傍点]のものであること、わたしはわたし[#「わたし」に傍点]の目で人生を見る権利があることを声明し、彼女を家へ迎える時に、なに一つ隠さずに話したはずだが、といった。
 彼女はだしぬけにおどりあがって、急に全身をわなわなふるわせたかと思うと、――どうだろう、いきなりわたしに向かって地団太を踏みだした。それは野獣だった、発作だった、発作にかかった野獣だった。わたしは驚きのあまり茫然としてしまった。こんな所作はまったく思いもよらないことであった。しかし、わたしはわれを失うようなことはなく、身じろぎさえしなかった。そして、またもや前と同じおちついた声で、今後はわたしの仕事に手を出してもらうまい、と真正面から言明した。彼女はわたしの鼻さきでからからと笑って、ぷいと家を出て行った。
 ここで問題は、彼女は家を出る権利を持たない、ということであった。わたしといっしょでなければ、どこへも出ないというのが、まだ婚約時代からの約束であった。夕方になって、彼女は戻って来た。わたしはひとこともいわなかった。
 翌日もやはり朝から出て行った。翌々日も同様である。わたしは店を閉めて、叔母たちのところへ出向いた。彼らとは結婚の時以来、ぴったり関係を断っていた、――こちらへも呼ばなければ、こちらから出かけても行かなかった。さて、聞いてみると、彼女は叔母たちのところへは行っていなかった。二人は好奇の面もちで、わたしの言葉を聞きおわると、面と向かってわたしをせせら笑った。「あんたなんかには、それくらいのことがあたりまえですよ」とこういうのだ。しかし、わたしは彼らの冷笑を覚悟していた。そこで、老嬢の若いほうの叔母を百ルーブリで買収して、二十五ルーブリ先払いにしてやった。二日たって、彼女がわたしのところへやって来ていうことには、「これにはね、昔あなたの連隊仲間だったエフィーモヴィチとかいう中尉が、かかり合っていますよ」わたしはすっかりあきれてしまった。このエフィーモヴィチという男は、連隊時代にだれよりもわたしに悪いことを仕向けたくせに、ひと月ばかり前にあつかましくも二度ばかり、質入れするような顔をして店へやって来て、忘れもしない、その時さっそく妻を相手に笑ったりなどしたのである。わたしはいきなりやつのそばへ寄って、お互いの関係を思い出したら来られた義理ではあるまい、といってやった。しかし、別段これという考えは頭になく、あまりずうずうしい野郎だと思っただけの話である。ところが、いまとつぜん、叔母の口から、妻はその男と逢引きの約束をしていること、万事は叔母たちの古い知人であるユーリヤ・サムソーノヴナという後家さん、しかも大佐未亡人が計らっている、ということを聞かされたのである。「あなたの奥さんは、今そのひとのとこへ出入りしてるんですよ」というのだ。
 細かいいきさつは端折るとしよう。この一件は、わたしに三百ルーブリからの散財をさせたが、とにかく、二昼夜の間にわたしは手筈をきめて、隣室のぴったり閉まった扉の陰に立って、わたしの妻とエフィーモヴィチとの最初の|rendezvouse《ランデヴー》を立ち聴きすることになった。ところが、こうして手ぐすね引いて待っているその前夜に、わたしと妻との間に一場の短い、しかしわたしにとってあまりに意味深長な場面が演じられた。
 彼女は日暮れ前に帰って来て、寝台に腰をおろし、せせら笑うようにわたしを見ながら、片足で絨毯をこつこつやっている。それを見ているうちに、わたしの頭にはそのときふいに、つぎのような考えが閃いた。この一か月、あるいはもっと正確にいえば、最近の二週間ばかりというもの、彼女はまるで性格が変わっていた、いな、むしろ反対の性格になっていた、といってもいいくらいである。ともすれば、人にくってかかる、荒々しい、無恥とはいえないが混沌とした、みずから混乱を求めるような人間になっていた。好んで混乱の中へ飛び込んで行こうとするのだが、しかしつつましさが邪魔をしていた。こういう女が謀叛を起こすと、いきなり度はずれのことをしてはみるものの、それはわれとわが身に暴虐を加え、われとわが身を追い立てているのであって、自分の純潔と羞恥心とを、だれよりも彼女自身、処理しかねていることが見えすいている。だから、こういう女はときどき、あまり突拍子もないことをやりだすので、かえってはたの者が、自分の観察力を信じかねるくらいである。ところが、淫蕩に慣れた女となると、その反対に、いつもやり方を緩和して、ずっと汚くはあるが、むしろ相手よりも優越しているぞといわないばかりの秩序と、礼節の面を被って、うまくやってのけるのである。
「ねえ、ほんとうですの、あなたが決闘をこわがったので、それで連隊を追い出されたっていうのは?」と彼女はとつぜん、薮から棒に問いかけた。その目はぎらぎら光っていた。
「ほんとうだ。将校団の宣告によって、連隊を出てくれといわれたんだ。もっとも、自分のほうでもその前に、退官願いを出してはおいたがね?」
「臆病者として追ん出されたんでしょう?」
「そうだ。やつらは臆病者という宣告を下したのだ。しかし、わたしが決闘を拒んだのは、臆病者としてではない。彼らの横暴な宣告にしたがって、みずから侮辱を感じてもいないのに、決闘を申し込むのがいやだったからだ。このことは心得ておいてもらおう」と、ここでわたしはとうとう我慢しきれなくなって、「こういう横暴に反対の行動をとって、それから起こるいっさいの結果を甘んじて受けることは、どんな決闘よりもはるかに勇気を示すことになるのだ」
 わたしはついこらえきれなかったのだ。わたしとしては、こんなことをいったために、自己弁護をはじめたような形になってしまった。ところが、彼女はそれが思うつぼだったのだ、この新しいわたしの屈辱が必要だったのである。彼女は毒々しく笑った。
「それからあなたは、まるで宿無しのように、ペテルブルグの町々をうろついて、十コペイカずつの合力を乞ったり、撞球台の下に寝たりしたってのは、ほんとうですの?」
「わたしはセンナヤ(乾草)広場のヴァーゼムスキイの家にも泊まっていたことがある。そうだ、ほんとうだ。それからの、つまり連隊を出てからのわたしの生涯には、多くの恥と堕落とがあったが、しかし精神的の堕落ではない。なぜなら、その当時でもわたし自身が第一番に、自分の行為を憎んでいたんだから。それはただわたしの意志と理性の堕落で、それもただ自分の境遇に対する絶望から出たことなのだ。しかし、それも過ぎてしまった……」
「そりゃそうよ。今はあなたは名士ですものね、――金融家ですもの!」
 つまり、これは質店に対するあてこすりである。しかし、わたしは早くも自己を抑制してしまった。彼女がわたしにとって屈辱的な説明を渇望しているのを、わたしはちゃんと見てとったので、――その手に乗らなかった。折よくお客がベルを鳴らしたので、わたしは広間へ出て行った。それから、もう一時間ばかりたった頃、彼女は急に外出の身支度をし、わたしの前に立ちどまっていった。「でも、あなたは結婚するまでに、そのことをちっともおっしゃいませんでしたわね?」
 わたしは答えなかった。彼女は出て行った。
 さてそこで、翌日、わたしは例の部屋の扉の陰に立って、わたしの運命がいかに決せられるかに、耳をすましていた。わたしのポケットにはピストルが忍ばせてあった。彼女はよそ行きを着て、テーブルの前に腰をおろし、エフィーモヴィチは彼女の前でしきりに芝居をしていた。そして、どうだろう(わたしは自分の名誉にかけていうのだが)、わたしの予感し予想していたのと、寸分ちがわぬことが起こったのである。もっともわたしは、自分がそれを予感し、予想していることを意識してはならなかったのだ。こんないい方で通じるかどうか、わたしは知らない。
 ほかでもない、こういうわけなのである。わたしはまる一時間立ち聞きしていた。そしてこのうえなく純潔崇高な女性と、俗悪で淫蕩な、頭の鈍い、爬虫類のような魂をもった男との決闘に、まる一時間たち合ったのである。いったいどこから、とわたしは愕然として心に思った、――いったいどこからこの無邪気なおとなしい口数をきかぬ女が、こんないろいろのことを知ったのだろう? どんなに機知に富んだ上流社会むきの喜劇作者でも、こうした嘲笑と、純真無垢な哄笑と、悪徳に対する美徳の神聖なる軽蔑の場面を創造することは、不可能であろう。そして、彼女の片言隻句にいかばかりの輝きがあったことか、その敏活な答弁にはなんという鋭さがあり、彼女の非難にはいかに真実がこもっていたことか。しかも、同時に、ほとんど少女らしい単純さが縊れているのだ。彼女は相手の恋のうち明けや、身振りや、申立てを、面と向かって笑い飛ばしていたのである。単刀直入、いきなり仕事にかかるつもりでやって来て、抵抗があろうなどとは考えてもいなかったので、彼は急に腰を折られてしまった。はじめわたしは、それを彼女の単なる手管かと思ったほどである。「自分に箔をつけるためによくやる、淫乱なしかし機知に富んだ女の手管ではないか」しかし、あにはからんや、真実は太陽のごとく輝いているので、疑う余地もなかった。ただわたしに対する衝動的な気まぐれの憎しみから、初心《うぶ》な彼女が思いきって、こんな逢引きを企てたのであろうが、いざ事にあたるが早いか、たちまち目があいたに相違ない。ただ要するに、なんでもいい、わたしを侮辱しようと思ってもがいてみたのだが、こうした穢らわしいことを決行する段になると、そのふしだらにたえがたくなったのである。エフィーモヴィチにせよ、そのほかこうした上流社会のだれにせよ、彼女のように罪のない、純潔な、理想を持った女を誘惑することが、できるわけのものではない。どうしてどうして、ただ嘲笑を買うだけの話である。ありたけの真実が彼女の魂から頭を持ちあげ、憤怒はその心から冷嘲を呼び起こしたのである。くり返していうが、この道化者はしまいにすっかりてれてしまって、ろくすっぽ返事もせず、しかめっ面してすわっていたので、ひょっと卑しい復讐心から彼女を侮辱したりしはすまいかと、わたしは心配したくらいである。またもういちどくり返すが、わたしとして名誉なことに、わたしはほとんどなんの驚きもなしにこの場面を聞きおわった。なんだか、もう馴染みのある事柄に出会ったような気持ちであった。これに出会うためにやって来たような思いであった。わたしはポケットにピストルは忍ばせていたものの、なにものも信ぜず、いかなる非難をも信じないで来たのだ、――それが、真実である! 第一、わたしは彼女をこれ以上の女として想像することができたか? そもそも何がゆえにわたしは彼女を愛したか、何がゆえに彼女を尊重したか、何がゆえに彼女と結婚したか? おお、もちろん、わたしはそのとき彼女がわたしを憎んでいることを、あまり確信しすぎていたかもしれないが、彼女が清浄無垢であるということについても、確信を持っていた。わたしはだしぬけにさっと扉をあけて、この一幕をたち切った。エフィーモヴィチはおどりあがった。わたしは彼女の手をとって、いっしょに行こうといった。エフィーモヴィチはわれに返ると、とつぜん高らかにからからと笑いだした。
「いや、なに、神聖なる夫婦の権利にはぼくも反対はしないよ、帰りたまえ、帰りたまえ! ところで」と彼はわたしのうしろからどなった。「身分ある人間はきみなんかと決闘するわけにはゆかないが、しかしきみの奥さんに対する敬意から、いつでもお相手つかまつろう……もっとも、もしきみが自分から危険を冒して……」
「あれを聞いたかね!」とわたしは一瞬、彼女を閾の上で引きとめた。
 それからは家へ着くまで、途中ひとことも口をきかなかった。わたしは彼女の腕をとって連れて行ったが、彼女はさからいもしなかった。それどころか、彼女は、深い驚愕に打たれており、しかもそれは家へ着いてからもやまなかったのである。家へ着くと、彼女は椅子に腰をおろして、わたしの顔をじっと見すえた。彼女は真っ青な顔をしていた。唇はすぐさま冷笑の色を浮かべたけれど、彼女は早くも厳かな、きびしい挑戦の表情で、わたしを見つめていた。そして最初の瞬間どうやら真剣に、わたしにピストルで射ち殺されるものと思い込んでいたらしい。しかし、わたしは黙ってポケットからピストルをとり出して、テーブルの上においた! 彼女はわたしとピストルを見くらべた(ここで読者の注意をうながしておくが、このピストルはもう彼女に馴染みのものであった。質店を開いたそもそもの時から買い込んでおいたもので、ちゃんと装塡してあった。店を開くにあたってわたしは、例えばモーゼルあたりでやっているように、大きな犬や力の強い下男だのはおくまいと決心したのだ。わたしの店では、下婢が客のために扉をあけることにしている。しかし、われわれのような商売をしているものは、万一の場合、自衛の方法を講じないわけにはゆかないので、装塡したピストルをおくことにしたのである。彼女は家へ来た初めの頃、このピストルにいたく興味を持って、いろいろと質問したので、わたしは彼女にその構造やシステムを説明したうえ、一度などは無理に勧めて、的を射たせたことさえあるのである。これらのことに注意していただきたい)。わたしは彼女のびっくりしたようなまなざしにはなんの注意もはらわず、ろくすっぽ着物も着換えないで、床についた。わたしはぐったり力抜けがしていた。もうかれこれ十一時であった。彼女はなお一時間ばかり、同じ場所にすわりつづけていたが、やがて蠟燭を消して、同じく着のみ着のままで、壁際の長いすの上に横になった。彼女がわたしといっしょに寝なかったのは、これが初めてである、――これも同じく注意していただきたい……

   6 恐ろしい思い出

 今度はあの恐ろしい思い出だ……
 わたしは朝、たしか七時頃に目をさました。部屋の中はすっかり明るかった。わたしは完全な意識をもって一度にぱっと目をさまし、急に目をあけた。彼女はテーブルのそばに立って、手にピストルを握っていた。わたしが目をさまして見ていることは、気がつかなかったのである。ふと見ると、彼女はピストルを手にしたまま、じりじりとわたしのほうへ進みだした。わたしは素早く目を閉じて、ぐっすり眠っているふりをした。
 彼女は寝台のそばまで歩み寄って、わたしの枕もとに立ちどまった。わたしはなにもかも聞いて知っていた。死のごとき静寂がおそってきたが、わたしはその静寂を聞いていた。その時一つの痙攣的な動きが起こった。――わたしは急に我慢しきれなくなり、意志に反して目を開いてしまった。彼女はひたとわたしを、わたしの目を見つめている、ピストルはすでにわたしのこめかみのそばにあった。わたしたちの目はぴったり合った。しかし、わたしたちが互いに眺め合ったのは、ほんの一転瞬の間であった。わたしはもういちど無理に目を閉じた。それと同時に、よしどんなことが自分を待ち受けていようと、もう二度と身じろぎもせず、目もあくまいと、ありたけの精神力をふるって決心した。
 実際、ぐっすり眠っている人がふいに目を開いて、ほんの束の間、頭まで持ちあげて室内を見まわしたと思うと、また一瞬後に意識もなく頭を枕に落として、なに一つ覚えずに眠ってしまうということは、間々あるならいである。わたしが彼女と目を合わせ、こめかみにピストルを感じてから、急にふたたび目を閉じて、熟睡している人のように身じろぎもせずにいた時、――彼女もおそらく、わたしが実際ねむっていて、なんにも見なかったものと想像したのは、大き[#「大き」はママ]にありそうなことである。ましてわたしが見たようなことを見た以上、こんな[#「こんな」に傍点]瞬間にもういちど目を閉じるなんてことは、全然あり得べからざる話ではないか。
 しかし、あり得べからざる話である。しかし、彼女はそれにしても、事の真相をも察知し得たはずである、――この考えが突如としてわたしの脳裡に閃いた。すべて同じ一瞬間の出来事である。おお、思想と感覚のなんという恐ろしい旋風が、刹那に満たぬ間にわたしの脳裡をかすめたことか、まことに、人間の思想の電力性、万歳である! このような場合(とわたしには感ぜられた)、もしも彼女が事の真相を察して、わたしが眠っていないことを知ったとすれば、甘んじて死を受けようとするこの覚悟によって、わたしはすでに彼女を圧倒したので、彼女の手は当然ふるえなければならぬはずである。以前の決心は、新しい異常な印象にぶつかって、粉砕されるはずである。高いところに立っている人間は、なんとなく自然に下のほうへ、深淵の中へ引き込まれるという。思うに、多くの自殺や殺人は、単にピストルがすでに手に取られているというだけの理由で、遂行されるのであろう。そこにも同様深淵があるのだ、すべらずにいられないような三十五度の傾斜があるのだ。かくして、なにものかが否応なくその人間に撃鉄をひかせるのである。しかし、わたしがすべてを見、すべてを知りながら、黙って彼女から死を待っているのだという意識は、――彼女を傾斜の中途で引きとめることができたのかもしれない。
 静寂はつづいた。ふとわたしはこめかみのほとり、自分の髪の毛に、冷たい鉄の接触を感じた。諸君はきくだろう、お前は自分が助かるものと堅く期待していたか、と。わたしは神様の前に出たつもりで、諸君にお答えするが、百に一つのチャンス以外、なんの希望も持たなかった。それならば、なんのために死を受け入れようとしたのか? では、反問するが、自分の心から愛するものにピストルを向けられた後で、人生がわたしになんの価値があるか? のみならず、わたしは自分の全存在の力をもって、二人の間にはこの瞬間、闘争の行なわれていたことを知っていた。それは、生きるか死ぬかの恐ろしい果たし合いである、臆病のゆえに僚友から追われた、あの昨日の臆病者の決闘なのである。わたしはそれを知っていた。そして彼女も、もしわたしが眠っていないという真相を察していたとすれば、それを知っていたのである。
 あるいは、こんなことはなかったのかもしれない、そのときわたしはこんなことなど考えなかったのかもしれない。しかし、なんといっても、こうしたことは、よしんば考えなかったにもせよ、あるべきはずなのであった。なぜなら、わたしはその後の生活の一分一刻も、それについて考えることを仕事にしていたからである。
 しかし、諸君はさらに問題を提出されるであろう、――なぜお前は彼女を悪行から救わなかったか、と。おお、わたしはその後、千度もこの問いを自分に発した、――背筋に悪寒を覚えながら、その瞬間を思い出すたびごとに。しかし、そのときわたしの魂は、暗い絶望に沈んでいたのだ、わたしは滅びかかっていたのだ、わたし自身、滅亡に瀕していたのだ、それなのに、だれを救うことができたというのだ? 第一、そうなってもまだ、わたしに人を救いたい気があったかどうか、そんなことがどうして諸君にわかるものか? そのときわたしが何を感じ得たか、そんなことをどうして知ることができよう?
 とはいえ、意識は沸き立つばかり活動していた。時は刻一刻と過ぎ、静寂は死のようであった。彼女は依然としてわたしの頂上に立っていた、――とふいにわたしはある希望の衝動を感じた! わたしは素早く目を開いた。彼女の姿はもう部屋の中になかった。わたしは寝床から起きあがった。わたしは勝ったのだ、――彼女は永久に敗北したのだ!
 わたしは、サモワールの据えてあるテーブルのほうへ出て行った。うちではサモワールはいつも第一の部屋へ出され、お茶はいつも彼女が入れることになっていた。わたしは無言のままテーブルについて、彼女から茶のコップを受け取った。五分ばかりして、わたしはちらと彼女を見やった。彼女は恐ろしく真っ青な、昨日よりもさらに青い顔をして、わたしを見つめていた。とつぜん、――とつぜんわたしが自分を見ていると気づくや、彼女は青ざめた唇に、青ざめた薄笑いを浮かべた。その目には臆病な疑問が漂っているのだ。『してみると、あれはまだ疑いを持って、この人知ってるのかしら知らないのかしら、見たのかしら見なかったのかしら? と自問しているんだな』わたしは平然と目をそらした。お茶を飲んでから、店を閉めて、市場へ出かけ、鉄の寝台と衝立てを買った。家へ帰ると、わたしは寝台を広間に据えさせ、衝立てでそれを囲わせた。これは彼女のための寝台であったが、わたしは彼女にはひとこともいわなかった。また言葉に出していわなくても、彼女はこの寝台を通じて、わたしが「すべて見、すべてを知って」おり、もはやなんの疑いもないということを理解した。夜、寝る前に、わたしはいつものとおり、ピストルをテーブルの上にほうっておいた。その夜、彼女は黙ってこの新しい自分の寝台に身を横たえた、――婚姻は破棄されて、彼女は「打ち負かされたが、ゆるされなかった」のである。夜中に彼女は譫言《うわごと》をいいだし、翌朝になって、悪性の熱病とわかった。彼女は六週間、床についてしまった。

(底本:『ドストエーフスキイ全集14 作家の日記上』、1970年、米川正夫による翻訳、河出書房新社